新田醸造について
味噌の可能性を、とき放つ
こちらが2024年に新たに策定された新田醸造のコンセプトです。
味噌をより現代的にアップデートしたい。簡単かつ気軽にお味噌を口にして頂ける商品やレシピを作っていきたい。発酵食の素晴らしさを発信していきたい。
そんな想いを込めてこちらのコンセプトを採用しました。
味噌は、発酵する時間とともにゆっくりと変化し、深い味わいを生み出します。信州の木々が囁き、千曲川が静かに流れるその傍らで、私たちはこつこつと味噌を作り続けてきました。
新田醸造の始まりは、北国街道の上田宿と坂木宿のあいだにあった「鼠宿」(現・長野県坂城町南条)です。江戸時代の地誌に「大名が泊まるにも事足るよき宿」と書かれ、旅人でにぎわう土地でした。
初代・新田甚左衛門はこの鼠宿で村の名主・戸長を務めながら、記録で確かめられるなかでは、遅くとも明治14年(1881)には材木・醤油・酒類を商っていました。口伝では江戸期から商いを始めていたと伝わっていますが、いつ商売を始めたのか正確な時期は分からないままです。
3代目の耕助は大正2年(1913)、26歳で北信醤油醸造同業組合の埴科郡副代議員に名を連ねています。昭和27年(1952)、18歳で家業に入った4代目の信吉が継いだときは、細々と味噌と醤油を売る小さな蔵でした。信吉は味噌の製造に一本化し、1978年に法人化。米麹に大麦麹を合わせるという、信州では珍しい仕込みは信吉の代からはじまり今へと受け継がれています。
売り先も、そのつど自分たちで開きにいきました。明治には上田へ売りに出たと伝わり、昭和には上山田温泉へ、そして今はインターネットへ。さらに海外にも足を伸ばし始めています。変わらなかったから続いたのではなく、変えてきたから続いた。それがこの家の歩みです。
現在は信州、その美しい風土の中で育まれた味噌造りを、IT業界出身の若夫婦(6代目)を中心に、現代のビジネスモデルへと昇華させる試みに取り組んでいます。
新田醸造のお味噌の特徴
一般的な信州味噌は大豆、米、塩を主原料としていますが、新田醸造のお味噌には大麦も原料として少しだけ加えています。大麦が麹として加わることで、大麦特有の香ばしい味わいやほのかな甘さが加わります。
また看板商品の「信州白樺印みそ」は異なる種類の信州味噌を合わせて造られています。味噌はそれぞれ異なる風味、香り、質感を持っており、これらをブレンドすることで一つの味噌では得られない複雑で豊かな風味を作り出すことが可能となります。
信州白樺印みそは、4代目の新田信吉が試行錯誤を重ねた末に「香りの高さ」「溶けやすさ」「旨味」の黄金比率に辿り着いた、当社が誇る極上の合わせ味噌です。
木桶仕込み
新田醸造の味噌づくりでは、100年以上使われている木桶で仕込んでいます。
「木桶仕込み」は、日本の古くから続く伝統的な製法です。木桶を使用することで、味噌の発酵過程が自然な環境で進むため、独特の風味が生まれるとされています。木桶は通気性が良く、また木の成分が味噌に微妙な風味を加えるため、この方法で作られた味噌は深い味わいと独特の香りを持っています。現代ではFRP(繊維強化プラスチック)のタンクやステンレスのタンクを用いた製造が大多数を占め、木桶仕込みは全体の数%程度の製造量と言われています。
木桶には、耐水性や耐久性に優れた木材が使用されます。時間が経過するにつれて、木材は微生物と相互作用し、独自の風味を醸造物に付加します。
新田醸造の木桶の木材には「杉の木」が用いられており、6トン桶を7本、4トン桶を5本、2トン桶を1本、それぞれ保有しています。蔵では自由に見学が可能ですのでお気軽にスタッフまでお声がけください。
100年以上の歴史を持つ木桶は、単なる容器以上のものとなり、その地域や文化の一部を形成していると言え、日本の伝統的な木桶仕込みの味噌は今なお特別な評価を受けています。
天然醸造
「天然醸造」は、発酵プロセスが人工的な添加物や化学物質、または加温設備を一切使用せずに、自然の条件下で行われます。
天然醸造では、製品が成熟するまでに長い時間がかかることが一般的です。この長期間にわたる発酵プロセスが、製品に深みと複雑さを与えます。
温度、湿度などの環境要因が発酵過程に大きく影響し、同じ製法でも年によって異なる特性を持つ製品が生まれます。
天然醸造によって作られる味噌や醤油などは、自然の力を最大限に活用するため、食品の風味を引き出すだけでなく、日本の食文化のなかでも文化的・歴史的な価値も持っていると言えます。